令和元年9月9日、アイーナにて勉強会「震災の時に大変だったこと、今から備えられること」を開催致しました。今回は講師を二人お招きし、被災時の避難所での様子、家庭での様子を語って頂きました。
前半の講師は宮古圏域障がい者福祉推進ネット、相談支援専門員の高屋敷大介さんです。「上」からの支援が乏しい宮古圏域でネットワークを広げる為に尽力なさってこられたお話をお伺いしました。
文化的な生活から一転、安心感が欠如した避難所での生活は目標を持つというよりも、一瞬一瞬に向き合いながらの日々だったそうです。「何があるか判らない」という臨戦態勢から、常に過覚醒な状態だったそうです。安否確認は自転車や自分の足で走り回っていらっしゃったとのこと。
体調に関しての相談はもとより、職を失った方、成年後見人制度について…様々な相談があったそうです。一人一人の案件に対応なさったご苦労は大変なものであったと思います。
知的障害児入所施設を訪問した際のこと、大広間でみんなで寝ることを拒み一人部屋で寝ていた自閉症のお子さんが、震災時のただならぬ気配を察知し、大広間でみんなと一緒に寝たそうです。空気を読めないと言われている子でも本質を見抜き、みんなと合わせることができた、という感動的なお話がありました。今は日常の生活に戻り、前のように一人部屋じゃないと嫌だ、と一人で寝ているそうです。それを聞いた時、震災もひと段落ついたなとお感じになったそうです。
暗い夜道、カーブの先、を普通に進めるのは、その先に心配事がない、と思っているから…そんな安心感が欠如してしまう震災時の心理状態と発達につまづきのある子ども達の心境は似ているかもしれません。
後半の講師は盛岡市社会福祉協議会、地域づくり推進員の澤﨑かおるさんです。震災時は親戚などは県内にはおらず、5歳児、1歳児を含む家族4人で乗り切ってこられたそうです。子育て真っ最中の主婦の目線から語って頂きました。
当時1歳の赤ちゃんにはきれいな水が必要。汲み置きの水を使用するには不安があり、ガスコンロで加熱して使用、お風呂用の水はやかんで沸かし、衣装ケースに少量だけ入れ半身浴。残った水はトイレ用、と水に苦労なさったそう。
普段からの近所との付き合いが震災時の状況を乗り切るために役立ったという澤﨑さん。 日頃から付き合いのある農家宅からお水をいただいたり、顔見知りのお父さんからおむつをいただいたり、買い物制限のあるおむつ購入の行列で行きつけの美容院の方が、おむつを買ってくれたり、挨拶を交わしていた近所の方がお米を炊いてくれたり…数々のエピソードがあったそうです。
震災で命の尊さと向き合い、第3子を授かったという澤﨑さん。震災での経験を活かし、今も震災と向き合い続けていらっしゃいます。
高屋敷さん、澤﨑さんのお二人共がおっしゃってましたが、日本という国は、3日しのげば物資や援助が来る国だ、ということを身をもって感じたそうです。
お二人ともとても優しい雰囲気の方で、優しい語り口調でしたが、震災という現場を生で見て乗り越えてきたからこそ、心から発せられる優しさを持った言葉なのだ、と感じました。そんなエピソードの数々に涙せずにはいられませんでした。
高屋敷さん、澤﨑さん、貴重なお話どうもありがとうございました。